極楽鳥を求めてパプアニューギニアを旅する 極楽鳥というとんでもない鳥がいる この鳥を知ったのはずいぶん前、BBCの番組を見てその姿と生態に本当にびっくりした。 「性進化」というらしいが、メスに誇示する目的で思い切り派手な羽根をまとい、メスの気をひくためにとんでもないダンスや歌を披露する。適者生存という進化の原則に逆行するかのような驚きの鳥たちだ。 極楽鳥の英語名はそのまま「バード・オブ・パラダイス」、日本では種名を「フウチョウ」という。 もとはカラスの仲間から進化したらしいが、現在は39種がニューギニア島を中心に暮らしている。数年前にアメリカの学者、写真家が『極楽鳥全種』(翻訳タイトル)という本を出して、これがかなり話題になった。本も映像もナショナル・ジオグラフィック刊行で、どちらも素晴らしい。これらを眺めながら、「よーし!見に行くぞお!」と思い立ったのであった。 じっくり対面したオジロオナガフウチョウ 極楽鳥を見る一番簡単な方法は中部山岳地帯にあるバードウォッチング専門のロッジに宿泊することだ。といってもそこに到達するまでにオーストラリアのケアンズからパプアニューギニア( PNG )の首都ポートモレスビーへ行き、大混乱の国内線でマウント・ハーゲンという町に飛び、そこから1時間半ほど悪路を上らなくてはならない。海抜約3,000メートルで、赤道直下なのに夜は寒さに震えるし、不定期にやってくる豪雨にも耐えなくてはならない。 しかしともかくロッジにはこのオナガフウチョウが待っていてくれる。白い尾が1メートルもあって、飛ぶとゆらゆらとそれが舞う。頭の緑にはすごい光沢があるし、赤いラインや鼻の上のボンボンなど、細部にわたってよくできている。行って分かったのだが、この鳥は割合定住性が強くて、同じ縄張りにずっといるらしい。ガイドはそれぞれの居場所を知っていて、我々バーダーをその場所に案内してくれる。英名は「リボン・テールド・アストラピア」という。 ガイドの「マックス」年齢不明 年齢を尋ねたら母親が覚えていないので分からない、と答えたマックスはしかし中々優秀なガイドであった。多くのパプア人のように見かけは恐ろしく中身は優しく陽気、というタイプではなくて、どちらかと言うと物静かな人物。しかし鳥についての知識は深く、観察能力も優れている。外国のバーダーといっぱいつきあってきたのだろう。写真の場所は彼の自宅あたりだが、彼はここで「蘭園」を作っている。熱帯の高地のここは蘭の名所でもあるらしい。小さな美しい花があちこちに沢山咲いていた。あたり一面は深い森で、鳥の鳴き声がたえない。 マックス・ラン園の花々 PNGの人々 中部ハイランド地方、エンガー地区で出会った人たち。皆さん明るく礼儀正しく、優しいのである(最初はちょっと怖いけど)。 郡役場の近くで撮影したので、みんな割合きちんとした服を着ている。右上の子供たちはお葬式の会場から追い出された面々で、このあとぼくは戸外の葬儀に招待されて1時間以上参列することになった。後ろの教会はカソリックのもので、神父はそれなりの威厳を持った人物だった。 右下の右のヒゲおじさんは、求めに応じてクワガタを捕まえてきてくれた人物。パプアヒラタクワガタばかり20頭もあって、1頭2キナ(70円)で半分買い残りは山に戻した。そういうやりとりをしているとあたりは黒山の人だかりになってしまう。次はもっとすごい虫を沢山用意しておく、とのことだった。また行かなくっちゃ。 PNGの人々(2) 左上は「ブルー」(アオフウチョウ)を見に行った丘の上。この写真の直前に大きな刀を持った人物に「鳥見るなら金よこせ!」と脅されたのだが、どうやらこの子はその人の娘みたい。アメをあげたら喜んで、家に戻って晴れ着を着て戻ってきた。 右上は別のフウチョウを見に行った山の農家で、伝統的な建物のたたずまいが良かったので写真を撮らしてもらった。すると中から品のいいお母さんが出てきてはにかみながら撮影に応じてくれた。 左下は郡境にある「チェックポイント」に駐在する「警官」たちとの記念撮影。どういう目的でこういう国境みたいな場所があるのか不明だが、通る人は車から降りて荷物の検査を受けたりしていた。郡というのは部族ごとの単位でもあるらしく、時に戦争もあったりするので結構厳しい警戒態勢なのである。写真ではにこやかだが、最初は相当怖かった。 右下は「クムルロッジ」の人たち。海抜およそ3000メートル、軽い高山病にかかり食欲不振、せっかく作ってくれた料理をいつも残してしまった。とてもフレンドリーでいい人たちだった。 PNGの鳥たち
高地の森にあるロッジにはエサ台があって、ここには毎日各種の鳥がやってくる。これらを眺めながらお茶など飲むのは誠に贅沢なのだが、ちょっと飽きてきたりもする。右上の写真はひどい精度だが、これは「コフウチョウ」(レッサー・バードオブ・パラダイス)を遠くから撮影したものだ。野鳥用の専用レンズを持参しなかったので、いい写真は撮れないのだがいわば証拠写真のようなもの。今回の旅では計4種の極楽鳥を見ることができて、まずまず満足している。左上はリボンテールのオス若鳥かメスで、結構きれいだ。 ・・・・・というわけで初めての国、パプア・ニューギニアを旅してきました。 いつもどおり目的地に関する本を沢山読んでからの訪問であり、いつもどおり文献と実態の大きな差に驚くのでありました。なにより、想像よりはずっと文明度が進んでいて、写真で分かるように人々の服装などはアジア諸国とほとんど違わず、田舎に行っても舗装道路に車が疾走しているわけです。そういう所にしか行かなかった、ということなのかも知れないので、この印象は留保しておきましょう。 ニューギニアには日本軍の悲惨な歴史が眠っています。太平洋戦争そのものが愚劣で誤った侵略戦争だったわけですが、とりわけニューギニア戦線は大本営の歴史的犯罪とも言えるでしょう。20万人の日本兵が投入され、そのほとんどが戦闘によってではなく、餓死病死したわけです。帰還した数パーセントの人たちは現地の人に助けられた故の生存だったともいわれます。 パプア・ニューギニアはいま、世界各地の「未開発地」と同様の「開発」被害を迎えています。国際線、国内線に乗り合わせる西欧系の人たちは、品のないビジネスマン風が多く、開発会社系の人たちと想像されます。「森林資源開発」、「液化天然ガス開発」、「鉱山資源開発」、このような用語が現地の英語メディアに踊っていました。日本も無関係ではないでしょう。 複雑な地形や高度に応じた局地的な棲み分けをしている極楽鳥の環境も、やがて危機を迎えるのかも知れない、そう思うとちょっと暗い気持ちになります。なにかできることはないのだろうか、と考えているところです。 コメントの受け付けは終了しました。
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4月 2024
ご案内「藤門弘の北海道フォト日記」は夢枕獏さんのホームページ『蓬莱宮』にも転載されていますので、そちらもごらんください。 |