●ひとつめの庭 キッチンガーデン <夏は暑い> 今年の北海道は暑かった。例年なら日中はどんなに暑くても日が落ちれば過ごしやすくなるはずなのに今年は、暗くなっても昼間と変わらず暑かった。夏の2ヶ月間、部屋を閉め切って幼猫の飼育に勤しんでいたのでよけいに地獄のような日々だった。赤ちゃん猫は猛暑などものともせず、夏を越して一人前の仔猫に成長した。やって来たときは450gしかなかったチビが5ヶ月近くで3.5kgにまで成長して、今は先住民である2匹の猫チリ、ペッパー、2頭の犬ラン、リリーと一緒に犬猫共有スペースで過ごしている。 ジンジャー、雄。へその緒がついた状態で産み落とされていた2匹の猫を保護した栗栖さんが大切に育ててくれた。栗栖さんは余市で果樹園を営む心優しい一家。毎朝、生きているかどうか確認するのが日課だったとか。掌にのるような仔猫をいきなり先住民たちの中に放り込むのも憚られて、しばらくは隔離して私の部屋で飼うことになった。毎朝4時から起こされても、冷房器具一切なしの地獄のような部屋でも何ものにも代えがたい至福の夏、至福の日々だった。 今では目の前を通りかかる先輩の猫や犬に容赦なく襲いかかり、10倍もあるスタンプのリリーを追いかけ回すやんちゃ坊主に成長した。分別ある先住者たちは以前の平和が戻ることを切望しつつもジンジャーをやさしく受け入れて、5人の共同生活をそれなりに楽しんでいる様子。リーダー格のチリさんはこの騒動が鎮まるのもあと半年の辛抱とみんなに言い聞かせているらしい。 図らずも菜園はこの暑さの恩恵に浴することとなった。トマトを初めとして夏野菜も空芯菜やツルムラサキなどの南国葉物も大豊作。特にゴーヤーは栽培史上、一番のできだった。菜園に出向いてゴーヤーの成長ぶりを確認するのが毎朝の楽しみになった。ゴーヤーフリークの私としては嬉しい限り。 <ゴーヤー> すっかりメジャー野菜として全国に定着したゴーヤーは言わずとしれた沖縄が本場、強い苦みが特徴でゴーヤーチャンプルーや揚げ物などに利用されている。ウリではあるが、奈良漬けなどに使われるしみじみした従来の白瓜などとは違い、主張の強い個性的な瓜だからなかなか全国区には昇格できずに沖縄地方区野菜として栽培されてきた。 そんなゴーヤーも緑のカーテン、沖縄ブームなどの恩恵?に浴してか、最近では赤井川村の直売所でも見かけるようになった。 沖縄で本場のゴーヤーの美味しさの虜になったからには見逃すワケにはいかなくて、北海道でも栽培を続けてきた。 栽培元年、寒さには弱いだろうから温室で栽培することにした。 幅6M長さ18Mの温室は入り口から向かって左側はフジカド君の領地、右側はウドの領地で中央部は共有スペースになっている。レフトウイングにはバラが植わっている。それも「ニコロ・パガニーニ」「イエロー・クィーン・エリザベス」「ドクター・エッケナー」というような名だたるメンバーが勢揃い、高貴な雰囲気を漂わせている。彼らは春から晩秋まで色とりどりの花を次々と咲かせる。温室はバラの香りで包まれる。 かたやライトウィングは一刻も早く、そしてできるだけ長く収穫したいという欲の塊のような野菜畑である。アスパラガスを初めトマト、茄子、オクラ、ツルムラサキ、サラダ用野菜、パクチーなど出番の多い野菜を栽培している。ここにゴーヤーも加えようと計画したのである。 するとレフトウィングから中止命令が飛んできた。「ゴーヤーだけは止めてほしい」まあ分からなくはない。「バラの向かいにゴーヤーなんてすごくシュールな組合せじゃない?」とライトウィングは思うのだが、レフトからすれば本当は協力米寿トマトや中茄子クロベーだって許せないのにゴーヤーと聞いて堪忍袋の緒が切れたのだろう。ライトは温室栽培を諦めて、温室よりずっと過酷な条件の菜園で栽培することにしたのである。 以来どうせ北海道だもんという甘えがあるのでさしたる工夫もせず漫然と栽培を続け、毎年僅かな収穫に満足してきたのである。 石垣島箱庭果樹園の後見人まさこオバアの長女の花谷友子さんは一家でゴーヤー農園を営んでいる。日本一のゴーヤーを生産して全国に出荷している。その友子さんの軽トラの荷台に積まれた出荷用ゴーヤーを初めて見たときの衝撃は忘れがたい。 サイズの揃ったまっすぐなゴーヤーが箱の中に行儀よく並んでいる。表面のイボイボも装飾を意識したかのような美しさ。何よりもその艶やかさに圧倒された。島の太陽を全身で吸収したのだろう。深い緑、そして吸い込んだティーダ(太陽)を思いっきり吐き出したような輝き。これが本場のゴーヤーか。 わが菜園のゴーヤーに足りないのは肥料でも愛情でもなくティーダなのである。 輝きは遠く及ばないものの今年の菜園のゴーヤーはほとんど鈴なり状態だった。こんなこと初めて、これまでは葉っぱの陰で申し訳なさそうにぶら下がっているゴーヤーを探し出しては貴重品扱いをしてきたのである。それが・・・・ 人間には僅かと思える気温の上昇が、植物に対してこれほど大きな影響を与えるとは。 今年の春はホトトギスの鳴き声が聞こえなかった。オオルリも滅多に姿をみせず、林道のキビタキも激減した。まさに「沈黙の春」蝶しかり、甲虫しかり。夏になると煉瓦の家を覆ったツタめがけて吸蜜にやってくるマルハナバチの羽音もいつになく静かだった。マルハナバチの羽音は夏の風物詩、豊穣の証だった。 とりあえずゴーヤーの豊作は嬉しいけど、数年先はどうなってしまうのだろうか予想もつかない。 ゴーヤーは半割にして種をとりだして薄切りにする。チャンプルー用に5ミリ幅。3本分くらいのスライスゴーヤーを袋詰めして冷凍する。完全に凍る前に取り出して塊を崩しておくとバラバラの状態になるので扱いやすい。毎日食べるわけではないからこれだけあれば2~3年分は十分賄えるだろう。 <雲南百薬> 数年前に石垣島で急速に栽培が広まったのがこの雲南百薬、オカワカメという名称で苗が販売されている。艶やかなハート型の葉は加熱するとぬめりが出る。同属のツルムラサキほど癖はなく、炒めても美味しい。苗を植えると伸びた茎が支柱にしっかり巻き付いて空を目指して勝手に伸びていく。ツルムラサキより耐寒性があるのでこのところ菜園の常連になっている。 しかし苗の入手が難しくて毎年、高い送料を払って本州から取り寄せてきた。毎年苗の値段が上がるのに反比例して苗は貧弱になるばかり、金額の問題ではなく百薬ごときにこんな苦労するとは、と何だか割り切れない思いを抱いていたのである。 春先、いつものように雲南百薬の苗をネットで探していると、ヤフーオークションで百薬のムカゴが販売されていることに気づいた。種でも苗でもなくてムカゴ、これはジャガイモの種芋のようなものではないか?早速落札した。確か6個で300円。 届いた親指の先大の百薬のムカゴをポットに植えつけてみた。10日目くらいで一番大きなムカゴから芽のようなものが出てきた。これは芽だろう。しばらくすると6個のムカゴはすべて発芽して立派な苗に育った。ヤフオクのムカゴから本当に百薬の苗ができたのである。菜園に定植すると普通に成長した。 このヤフオクむかごの話しを石垣の友人にすると「雲南百薬はムカゴが落ちて勝手に芽を出すからね、迷惑してるんだよね」と言われた。百薬の種が販売されないのはそういうことだったんですね。 夏の終わり頃、百薬を観察すると枝のあちこちにムカゴが付着しているのを発見!まだ小さいけど確かにムカゴ、北国だからムカゴが形成される前に枯れてしまうのかと思ったけどとんでもないムカゴの存在に気づかなかっただけだったのだ。 秋も深まって葉が殆ど枯れてしまったころに百薬のむかごを収穫した。100個以上ある。これを籾殻に埋めておけば来春は苦労せず100株の百薬が手に入る。まだまだ新発見というのはあるのですね。不注意だっただけだけど。 <サラダ野菜> これまでサラダについてはあまり重要視してこなかった。サラダに使用する生葉は加熱した葉に比べてかさばるのでたくさん食べられないというのが理由だけどそれほど深い意味はない。それがここ2~3年、遅ればせながらグリーンサラダの美味しさに目覚めたのである。 グリーンサラダの美味しさは葉っぱの多様性に尽きるのではないかと思う。スーパーで販売されている結球レタスをちぎってドレッシングをかけた一般的なグリーンサラダは積極的に食べようとは思わない。 レタスにはポピュラーな結球レタスの他に様々な種類のレタスがある。結球しないサニーレタスや葉に切れ込みが入った柔らかなオークリーフ、シーザーズサラダでおなじみの重量感のあるロメインとそれぞれに葉の食味や食感、歯ごたえは異なる。 チコリという葉もある。今年は結球する赤紫のラディキオを栽培したが、レタスとチコリはどう違うかといえば苦みがあるかないかというところかな?植物分類上はともかく苦みのあるのがチコリ、苦みがないのがレタスとおおざっぱに分類している。 以前からサラダミックスという種子が販売されていて種を播くとレタスやらチコリやら水菜、ルッコラなど数種類の葉っぱが生えてくる。このサラダミックスの種子は家庭菜園用としてはすごく便利なのですっかり定着した感がある。 今年はサラダ用野菜としてサラダミックス、ルッコラ、パクチー、細葉空芯菜、ラディッキオの種を播いた。 以前は菜園から緑が消えるのを恐れて収穫をなるべく先延ばしにするという方針で臨んできたのだが、近年はどんどん種を蒔き、躊躇せずにどんどん収穫して食べる。収穫後の空地には温室で作った苗をどんどん定植するというように土地の有効活用を心がけるようになった。小学校の社会科の時間に習った二毛作を実践しているのである。教科書の二毛作という言葉が今頃になって実践として立ち上がってきたのである。ブロッコリーなんて苗を作り続けたのでシロチョウたちは大喜びしたにちがいない。 今年一番感動したのがフェンネル。これまではフェンネルといえばキアゲハの食草として栽培してきたのだが、今年スティックフェンネルの種子をみつけて育苗して菜園に定植した。見かけはフェンネルだが、ずっと小振りで根元はセロリのような様相を呈している。堅そうなので超薄切りにしてサラダに混ぜてみた。口いっぱいに広がるミントに似た香りとセロリに甘みを加えたような食味、香りも味もとにかく繊細の一言につきる。 煮込みやグラタンも推奨されていたが、生のフェンネルには遠く及ばないと思った。これは拾いもの、フェンネルはグリーンサラダのひきたて役としてパクチー、チャービル、ルッコラたちに混じって新人ながらサラダボウルには欠かせない野菜として定着したのである。 数種類のレタスとチコリ、香り高いルッコラ、フェンネルとチャービルこの組合せは今のところ最高のグリーンサラダ。冷蔵庫で冷やして食卓へ。シンプルならどんなドレッシングでもOK。バルサミコ酢とレモン汁だけでも十分美味しい。カリッ、サクッ、ホワン、この多様な歯触りがたまらない。 <一年草の庭> 私はキッチンガーデンを野菜と花とハーブが混在する「一年草」の庭と考えてきた。春先に播いた種はほどなく発芽して、茎を伸ばし、葉をつけ、花を咲かせて実をつける。収穫が終わると作物は冬を越すことなく株は枯れてしまう。これが一年草。 ミントやレモンバームのような宿根草は冬になると地上部は枯れるものの根は地中で冬を越し、春になるとまた新しい芽を出して新たな営みを始める。菜園の縁にあるミントなんて大した手入れもしないのに30年近く涼しげな香りを提供してくれている。 1年で枯れてしまう一年草にももちろん種子はできる。その種子は地面に落ちる。幸運な種子は雪のふとんに包まれて冬を越すことができる。やがて雪解けを迎える。生き延びた種子は地温が上がるとソロソロと芽を出す。復活の時がやってくる。春先の菜園ではトマトやナスタチューム、ジニアなどの芽を見つけることがある。石垣島のむかごではないが条件さえ整えば放っておいても一年草だって復活するのである。どんな植物だって植物は子孫を残し、その生命を未来に繋ごうとするのである。 ブロッコリーやカリフラワーは開花する前の蕾部分を収穫して食べてしまうから種子はできない。花が咲く前に収穫するレタスやキャベツなどの葉物、カブやダイコンなどの根菜類も種子はできない。ならばブロッコリーやキャベツ、サラダ野菜の一部は菜園に残して盛大に花を咲かせてみようではないか。秋の菜園には収穫しきれなかったトマトや万願寺唐辛子が地面にたくさん落ちている。今は黄色いブロッコリーの花が咲き誇り、花にはミツバチやキチョウが吸蜜に訪れる。もうじきキャベツも開花するだろう。パクチーやルッコラは無理かな?F1の種子だって発芽しないことはないから、来春、地面に落ちた種子から発芽するかもしれない。 一年草と宿根草の違いは一年で枯れるか、それとも何年も生き延びるかというところにあるのではなく、冬の超し方の違いにあるのだろう。宿根草も一年草も子孫を育み、未来に繋げるという使命を負っている。一年草は地面に種子を落として地中で待機しながら地温が上がるのをひたすら待つ。宿根草は地下に潜った根が寒さに耐えて一年草と同じく発芽の機会を伺う。それだけの違いなのだろう。一年草は1年で生を全して枯れてしまう植物と思ってきたけどそうではなく、卵で越冬するシジミ蝶のようなものなのかもしれない。宿根草は蛹で越冬するアゲハ蝶、常緑樹は成蝶で越冬するタテハ蝶、ちょっと無理があるかな? <今年の買い物> 去年購入した小型耕耘機「こまめパンチ」は今年も活躍してくれた。大型耕耘機で耕してもらった後、肥料を播いてこまめで攪拌と耕耘作業を繰り返す。種蒔きや定植の前にはパープル培土機をセットして畝を作る。こうして足の踏み場もない混乱状態がずいぶんと改善されたのである。 草刈り機という道具がある。一般に刈払い機と呼ばれている。道路際などでヘルメット姿のおじさんが暑い最中、1日中振り回しているのがそう刈払い機、一度これを使うと庭仕事には欠かせない道具となる。鎌なんかで刈っていられない。 長いこと刈払い機のお世話になってきた。雑草はもちろん、伸びすぎたハーブ、枯れた宿根草などを刈る。地面にかがんで雑草を抜くという地道な作業とは違って刈払い機を振り回しての雑草退治は使う労力の割には達成感が大きいので好きな作業のひとつでもあった。 春半ば、そろそろ雑草が伸びてきたので、倉庫にしまってあった刈払い機を取り出してエンジンをかけようとしたけどウンともスンともいわない。この道何十年のプロがやってもかからない。分解掃除をしてもダメ、購入したホームセンターに連絡すると修理するより購入した方がずっと安いの一点バリ。仕方がないので購入することにした。 これまで使っていたのは混合ガソリンをポンプアップしてエンジンに送り込んだあとスターターのヒモを引っ張ってエンジンをかけるタイプの道具だった。 このヒモを引っ張る作業?は大の苦手。一回でエンジンがかかった試しがない。 しかし耕耘機も刈り払い機もヒモ引き方式。引っ張り方に問題があるのは重々承知しているが、ヒモさえなければ耕耘機も刈り払い機も気持ちよく使えるのにと思い続けてきた。 新しく購入したマキタ電動刈払い機は充電したバッテリーをセットしてスイッチボタンを押すとエンジンがかかる仕組みになっている。長年の宿敵だった憎っくきヒモがないのである。 なにしろスイッチひとつで軽やかなエンジン音があたりに響き渡るのである。これは優れものだった。バッテリーが切れたらという心配など無用、1日中刈ってるワケでもないから一度の充電で、2~3時間の作業には十分。ともかくヒモなし刈払い機のおかげで草刈りがとても楽になった。とはいえ相変わらず雑草だらけの庭ではあるが。 <ケとハレの食卓> 夏はまっ暗くなるまで菜園で作業をしてキッチンでかんたんな夕食を作る。五分前に菜園で収穫した野菜を使った料理が並ぶ。 基本1 野菜スープ いろんな野菜を切って鍋に放り込んでぐつぐつ煮込んだ野菜スープ。出汁はとらず、うま味は野菜から滲み出たエキスとキノコ、トマトと味噌にお任せ。トマトは野菜の中ではアミノ酸やグルタミン酸の含有量が多いそうだ。と信じてトマトは必ず加えることにしている。友人のパクさんが韓国では大根は出汁の素と教えてくれた。大好きな鱈のスープ「プゴクッ」にも大根は欠かせない。だから大根も必須アイテム。トマトの酸味に対抗して甘みの強い玉ねぎ、次から次へと結球し続けるキャベツ、アクセントの生姜とニンニク。これがスープの常連。加えてツルムラサキやモロヘイヤ、ハンダマや雲南百薬といったねばねば系南国野菜やオクラも時間差で加える。そうそう生の花豆も忘れずに。次から次へと野菜を足していくと鍋はいっぱいになるけど蓋をして弱火で蒸し煮状態にすると量は半減する。仕上げにナンプラーを少々、パクチーを散らすと多国籍野菜スープの出来上がり。 基本2 グリーンサラダ 多種多様な葉っぱ類にトマトと玉ねぎ、パプリカなどの収穫物を加えてシンプルな作り置きドレッシングで和えたサラダ。チャービルやパクチー、各種ハーブも加える。最後にバルサミコ酢をひとふり。隠し味にクミンやガラムマサラを加えることもある。 基本3 煮浸し 昆布とカツ節で出汁をとって薄味に仕立てる。このだし汁に焼き茄子、グリルした万願寺唐辛子、茹でたブロッコリーやアスパラ、オクラ、キノコ類を浸す。保存容器にいれて時々、火を入れながら1週間位で食べきる常備菜のようなもの。途中で野菜を足す。 これが私のケの食卓、たまに肉や魚の料理やゴーヤーチャンプルーも加わるけど基本はこの3皿。毎日、同じメニューでも少しも飽きずにいつも美味しく食べている。時にはスープの最後の一滴を飲み干して「ああ美味しい!」と思わず漏らすこともある。 変化に乏しいこの質素な食卓が貧しいかどうか。日常、ケの夕食はこんなもんで十分だろう。 家族がみんな集まる1年に数回の全員集合日や親しい友人たちを迎えてのランチ、そういうハレの日の食卓にはそれなりのご馳走を作る。Xmasなら詰め物をした大ぶりの七面鳥を焼く。夏は風に吹かれて5種類の肉を焼くBBQ大会。 ケとハレの食卓。いつもはほとんど同じ料理が並ぶ質素な食卓を囲み、祭りや行事では思いっきりご馳走を作って振る舞う。ひと昔前の農家の食事はきっとこういうものだったのだろう。 ●ふたつめの庭 シェードガーデン 春先、今年こそはギボウシことホスタ退治に乗り出そうと決意した。芽を出したらすぐに掘りあげないといつものようにギボウシの横暴を許すことになる。ひとくちにギボウシといっても色んな種類のギボウシがある。退治する前に一応、種類を確認してみようとネット検索をしてみた。 最もはびこっている黄緑色の大きな葉のヤツ(サム&サブスタンス!)、青みがかった緑の葉にクリーム色の縁取りのあるヤツ(寒河江)濃い緑に白い縁取りの細めのヤツ、これが一番好感がもてるのだが、残念なことに繁殖力が弱いので劣勢。他にもシナシナっとした温和しめのヤツなど。それぞれに違いが認められるホスタは6種類くらい。花も白や薄紫、濃い紫といろいろ。 ついでにひと鉢の価格も調べてみた。何と大株のギボウシではひと鉢1万円を超すものも多い。今、掘りあげて始末しようとしているギボウシも特大級、それが百株として、うんひと財産ではないか?と欲を出して、結局、通り道を占拠している株やお気に入りの草花に覆い被さっている株など目にあまるヤツだけを退治した。 結果は去年と変わらず、今年もギボウシの海に芍薬や紫陽花が漂うこととなった。来年こそはと誓ったけど無理だろうな。 来年は地面を緑で覆うためだけに植えたハーブ類を撤去します。イエローセージやレモンバームは覚悟しなさい。 ●みっつめの庭 サンガーデン 今年で2年目を迎えるこの庭は花の庭。太陽が大好きな花を選んで植えている。この庭を考えていた頃、ちょうど「モネの庭」建造計画(ユンボで池を掘るだけだけど)が持ち上がったので、モネの庭の設計図などを眺めて計画を立てた。 目をひいたのがGaillardiaとAubrietaという花、モネの庭では両者の占める面積が比較的大きかった。英国の通販サイトを検索すると種子が販売されていたので迷わず購入して温室で大切に育てた。さてこの苗はどんな花を咲かせるのだろう。 調べてみるとGaillardiaは天人菊、Aubrietaは紫なずなであることが判明した。天人菊は濃い黄色の花弁の真ん中あたりに赤い輪のある菊(逆に赤い花弁に黄色の輪というのもある)でモネのパステル調イメージはみごとに裏切られた。かたや紫なずなは紫色の芝桜のような花でこれも斜面一面を覆えば見応えはあるだろうが、ボーダーの縁取りにはふさわしいとは思えない。でもあとの祭り、元気いっぱい無邪気に育っている苗は植えるしかない。 思えばモネの時代には園芸は王侯貴族やブルジュアジーの専有物で大衆を相手にした園芸店なるものは存在しなかったのだろう。現代ではサカタやタキイは大衆が好む花苗の開発に凌ぎを削っているので毎年毎年新しい品種が売り出される。生活に余裕ができた一般大衆が園芸を趣味とするようになって初めて園芸は産業となり、新種の草花の開発が飛躍的に進んだのだと思う。 それまでは庭園といえば、太い樹木が点在する広大な敷地、花といえばバラ、何代にも亘って管理されてきた芝生、手入れは専門の庭師に委ねられていた。モネの時代は多分、園芸が大衆化し産業化され始めた頃で入手できる草花の種類も限られていたのだろう。天人菊も紫なずなも当時は最先端をいく注目品種だったのかもしれない。その後、園芸業界では新しい草花がどんどん開発された結果、彼女たちは過去のものになってしまったのだろう。 2年目を迎えたサンガーデンでは「イングリッシュガーデン系」のデルフィニュームや芍薬、ジギタリスなどがほぼ冬越しに成功して初夏の庭を華麗な花で彩った。 「モネの庭系」の紫なずなは地面を這うように成長して、けなげにも水色から紫色の可憐な花をたくさん咲かせ、天人菊は夏から秋にかけて、ボーダーをどぎつい黄色と赤に染めて圧倒的な存在感を示した。 「立ち寄った園芸店でつい買ってしまった系」の草花、実はこの系統が一番多いのだが、濃ピンクの河原撫子や白や淡いピンクのダイアンサス、白と赤のアスチルベに紫色のストケシア、ヒメウツギにバイカウツギ。どれも脈略なく植えられているけど夏の光をさんさんと浴びておだやかに花を咲かせた。 九月に入って春から育苗をしてきた紫色のミヤマオダマキ、空色のカンパニュラ、真紅のベルガモットと3種類の苗を空き地に植えた。鉄砲百合の球根も9個。育てたい草花はめじろおしなのに庭は早くも飽和状態。来年は天真爛漫な天人菊に少し遠慮してもらおうかと考えている。 ●よっつめの庭 ウォーターガーデン フジ5湖中、4番目の池は鴨池とも呼ばれている。勝手に呼んでるだけだけど。鴨がくるといいねといいながら掘った鴨池に翌春、ほんとにカモのカップルがやって来たのである。そのうちカモに加えてオシドリもやってくるようになった。カモとオシドリが入り乱れて、小さな池は彼らで満員になってしまうこともあった。 その様子をサンルームから双眼鏡でそっとのぞくのが春先の楽しみになった。オシドリ、こんなにも美しいものが目の前に存在することに感動する。何度みてもそのたびに感動する。ほんとは産卵して子育てをしてくれるといいのだが今のところその兆候はない。 鴨池のほとりに植えたギンカエデもだいぶ成長して、幼木ながらも紅葉した華麗な姿を水面に映している。風が吹いて水面が揺れる。水面に映ったギンカエデも揺れる。初冬の太陽はギンカエデに穏やかな照明を当てる。これぞウォーターガーデンの醍醐味、今はデコイが落ち葉の浮かぶ鴨池にひとり静かに浮かんでいる。 ●いつつめの庭 箱庭果樹園 あれよあれよという間にトロピカルフルーツは成長して果樹園らしくなってきた。場所は石垣島、於茂登岳の裾野に位置する登野城、まさこオバアにお世話になって始めた果樹園だ。今年で3年目になる。 パッションフルーツ、グアバ、パイン、バナナ、アセロラ、ピタンガ、ピパーチも収穫できるようになった。コーヒーも色づいてきたし、アボカドやシャカトウも来年は期待がもてる。まさかこんなに早く果樹園らしくなるとは思わなかった。恐るべし南国の力。 3年前の冬に果樹園の入り口に島バナナの苗を3株植えた。膝丈ほどの苗はグングン成長してその年には思いがけず大きな房が8段も連なったバナナを手にすることができた。以後、バナナゾウムシの攻撃にも耐えて実はなり続けている。 今では高さ5メートルを超す巨木になってしまった。オバアいわく「来る人、来る人、入り口の一等地になんでバナナ植えたの?」と聞くそうだ。「北海道の人だからバナナが珍しいんでしょ」と答えることにしてるけどけど「あのバナナは他に移した方がいい」というアドバイス。オバアはこの箱庭を自分のもののように色々心配してくれる。ボンヤリしている私を放っておけないのだろう。 指摘の通り、入り口にそびえ立つバナナに視界が遮られて園全体が見渡しにくいし、巨大化したバナナは収穫もままならないから思い切って切り倒しすことにした。巨木といっても草だから切り倒すのは難しくない。すぐさま根元から伸びてきた新しい株を掘って周辺の三等地に植え替えた。ここで十分、風よけにもなるし、また大量の実を提供してくれるに違いない。 バナナ跡の一等地にはマンゴーの苗を植えることにした。冬、雨がたくさん降るようになったら植えよう。とずいぶん強気、マンゴーは雨よけの覆いや実の袋掛けも必要だから栽培には手がかかるらしい。先日植えたマンゴーば無事育っているからまあ何とかなるだろう。オバアが何とかしてくれるだろう。 最近では石垣島から台湾を経由して北海道に戻ることが多い。那覇からだと一時間のフライトだし時差もちょうど一時間なので朝出発すると昼食は台北で食べることができる。今年の冬もそのコースで台湾に行った。南の高雄から基山を経て山の方に入ると茂林という地区がある。ここは原住民ルカイ族の集落がある多納温泉の入り口。紫マダラの越冬地として有名なところだ。寒くなると台湾北部から紫マダラがここに集まってくるらしい。メキシコのカバマダラほどではないにしてもおびただしい頭数の紫マダラを見ることができる。
今年はいつになくたくさんのマダラ蝶に出会った。竹林に群がる紫マダラはメキシコの派手なカバマダラとは違って墨絵を思わせる枯れた佇まい、散りかけのセンダングサの花にもたくさんの蝶が群がっている。 茂林には高雄からバスを乗り継いでいく。車窓には台湾の田園風景が広がっている。少し前までは日本の原風景のようだととりとめのない感想を抱きつつぼんやり眺めていたのだが、南国果樹を栽培するようになってからは目に映る風景が一変した。 マンゴーの木の仕立て方やドラゴンフルーツの支柱の作り方、バナナを植える間隔などが気になって仕方がない。庭先のグァバの木、あれはひょっとして釈迦頭か。と窓枠にかじりつくようにして風景を眺める。実に興味深い。 山の上まで続くマンゴー園では木は人の背丈ほどの高さに仕立てられ、枝も思いっきり剪定されている。袋掛けや収穫がしやすいからだろうか?ドラゴンフルーツの支柱は鉄パイプを組み合わせた矩形のものが多い。これは石垣と同じだからきっと石垣島の人がそのまま導入したのだろう。バナナも背が低い。南国の果物というと巨木をイメージするけど目にした限りではどれも木は低く剪定されている。 成長が早いバナナなど一年草の野菜のような感覚で栽培されているのだろうか。 蝶もいいけど車窓からの果樹園観察も楽しい。楽しみがまたひとつ加わった。 コメントの受け付けは終了しました。
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4月 2024
ご案内「藤門弘の北海道フォト日記」は夢枕獏さんのホームページ『蓬莱宮』にも転載されていますので、そちらもごらんください。 |